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京王電鉄50年史

第3部  企業体質の抜本的改善とグループの再編成(1986〜1998)

第3章 バス事業の生き残りをかけて

3 バス事業の構造改革

 当社路線バスの輸送人員は、1995(平7)年には、ピーク時である1972(昭47)年に比較して25%も減少し、これによる減収分を運賃値上げで補い、これがまたお客様の逸走を招くという悪循環を招いていました。さらに、都営12号線や多摩都市モノレールの開業など、収支状況は一層厳しくなることが予想されたため、バス事業の構造改革に取り組みました。

 まず、1988年に従業員1人当たりの生産性の向上策として、ダイヤ編成基準の改定を実施し、ワンマン手当てなどの削減を図りました。

 また、貸切バス事業については、1989年の規制緩和以降、事業者間の競争がさらに厳しいものとなったため、大幅縮小を実施しました。これにより、1996年に、貸切専属要員はいなくなり、車両数も12両に減車しました。

1997(平9)年10月から運行を開始した京王バス

1997(平9)年10月から運行を開始した京王バス

 そして、経費の大部分を占める人件費の削減を図るため、バス事業の収入に見合った賃金・労働条件を再構築することになりました。そこで、新会社を設立して毎年の当社バス乗務員の退職者数に合わせて路線を新会社に移し、新会社が新しい賃金・労働条件で採用した従業員により運行していくという、段階的分社化方式を採用しました。これを受けて、1997年に、新会社「京王バス株式会社」を設立し、98年7月現在、当社より移管された10路線を運行しています。なお、京王バスでは徹底した接遇と運行回数増等のサービスを提供しています。

 なお、車両については、減少傾向にある輸送人員に見合うように、運行経費の安い、車いす用スロープ板付き超低床小型バスを開発、1996年10月から営業運転を開始しています。

 これらバス事業の構造改革の取り組みによる経費節減に努めた結果、1997年12月、都区内民営バス事業者が運賃値上げに踏み切った際、当社と京王バスだけは、運賃を据え置きました。


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